05 3月

レポート:石巻の現状を見て、聞いて、感じてきました。

■いざ石巻へ

昨年6月末に石巻を訪れて早7カ月。私の小学校時代からの文通友達、ゆっこ。
大切な友人のお店は、石巻の由緒正しい割烹料理「滝川」。

震災は由緒ある店舗を容赦なく襲ったが、滝川に係わるあらゆる人々の努力により、昨年6月、同じ場所で営業が再開した。今年は創業100周年のメモリアルイヤーでもある。

ゆっこに会いたい、滝川で美味しいゴハンを食べたい、石巻の様子を肌で感じたい、という思いのまま、出発。

限られた時間の中で、いろいろお話を聞いてきました。

 

■できたてほやほや、子どもセンター

石巻駅から徒歩10分。石巻市子どもセンターは2014年1月19日グランドオープンしたばかり。

ここは、震災復興支援事業の一環として、サントリーホールディングス(株)が支援、セーブ・ザ・チルドレンと石巻市子どもまちづくりクラブが企画・デザイン・建築し、石巻市に寄贈された、いわゆる児童館。

■こんな施設がほしかった!

外観はおしゃれなカフェのよう。木の香りがする、シンプルで温かい雰囲気。

1階はイベントなどができるフロアに、絵本が読めるスペース、お母さんたちがカフェのようにほっと休まる場所や運動できる場もある。開放的な吹き抜けで、2階にいても1階の様子が分かり、会話もできる。
日曜朝の時間に続々と集まる親子連れで賑わい、お父さんと運動している子どもたちも見受けられた。

ここでは小学校高学年から高校生が運営に携わっていて、いろいろなことを自分たちで決めていくそう。

例えば、現在の課題は「1階スペースにゴミ箱がほしい」

必要?いくつ?どんな?一つ一つを子供たちが主体的に決めて提案していく。

「自分が子育てしてた頃、こんな施設がほしかった」スタッフのお一人の感想がこの施設のよさを物語っている。

■若い世代がまちをつくる

商店街を抱える立町や中央地域。遊び場や運動する場が少ない地域にとって、子どもセンターの開設はかねてからの願いだったとのこと。

そして、子どもセンターはただの児童館の枠組みを超えた取り組みになりつつある。

それまで漠然とした思いしかなかった自分たちの街。

特に震災以降は、自分たちの街のことを一人ひとりが真剣に考えるようになった。10代、若いうちから、自分たちの街を自分たちで作っていく。

そんな「考える力」を養い、皆でそれを実現につなげていく場にもなっている。

■復興のペースはそれぞれ

子どもセンターのある立町。近くには石巻グランドホテルや石巻サンプラザホテルがあり、石巻の中でも比較的早く復興に向かう町のひとつ。

そんな一方、住民のコンセンサスに時間を要し、なかなか一つ一つが思うように進まない町もある。

イオンモールが栄える蛇田地区は、やや内陸に位置し、住宅も次々と建ち、若い世代が移り住んでいるとのことで、年齢構成も町によって異なっている。

石巻より規模の小さい女川町などは、そのコンパクトさが功を奏して、住民同意も得やすく、復興のスピードが早いという。

「東北の復興」とひとくくりに語ることはできない。

その町の特性や立地、住民構成や産業など、さまざまな要素が折りなっていて、それぞれが抱える課題は大きく異なっている。

■仙台圏の一極集中

仙台はご存知東北最大の都市で、活気にあふれ、震災の名残を感じさせない。

それもそのはず。2月2日河北新報によると、震災後、仙台市と隣接する名取市、利府町は人口が増加、それ以外の自治体は人口が減少している。被災地の復興の遅れから、仙台圏に人口が集中する傾向がうかがえる。

■石巻の課題

仙石線の復旧は未だ叶わず、石巻の人々は仙台まで電車を乗り継いだり、バスに乗らざるを得ない。仙石線が通常運行していた頃と比べ、バスは1.5倍の時間を要する。しかも本数も多いとはいえない。

仙台育英など一部の私立高校は専用バスを運行しているが、仙台まで通勤通学していた人の生活は今も不自由を強いられている。震災で車を失った人は通勤の手立てもない。

母子で仙台に住み始めた人、学生寮に入らざるを得ない人。決まったバスに乗らざるを得ないため、決まったバスに乗らざるを得ず、週に1日程度の部活動しか出来ないのは、学校が被災し、他校に間借している中学生。

通学の都合で受験できる学校の選択肢も狭まり、地元に残らざるを得ないこともある。

■人がいない

震災前の石巻は「働く場がない」という声が聞かれた。今、石巻は「働く人がいない」のが一番の問題とのこと。

人材不足の今、役所や大企業が高い時給で、比較的ラクな仕事でパートを採用する。

飲食業に必要な人材は、募集しても集まらない。ハローワークに出しても、大学に出しても、人が来ない。ようやく採用できた大学生は、育ったと思えばもう卒業だ。

一方、仙台は逆の現象で、働く場が少ない。需要と供給のアンバランスはあちこちで起こっている。

■商店街の今

震災以前から、石巻の古い商店街の課題は後継者不足。

後継者がいないため、震災後店をやめようと思っていた店主がボランティアさんたちに励まされ、店の継続を決心したところもある。

「石巻の人は海も山も近くて、明るくしゃきしゃきしてるんだよね」とゆっこは笑う。街の再生に向けて、人々はとても明るい。

地域を愛する気持ちは、首都圏に住む我々にとってむしろうらやましいくらい。

■子どもたちは希望

今回残念ながら会えなかった、かわいい子どもたち。

彼らもまた忙しく過ごしているようだ。小学5年生のゆっこの長女は、子どもセンターの運営にも積極的に関与している。そんな世代が育っていく将来は、石巻も大きく変わっていくに違いない。

「子どもたちは希望。」百々ちゃんの言葉を思い出す。

そして子どもたちの成長のペースは我々が考える以上に早い。

■大女将の温かさ

会った瞬間、ハグしてくれた大女将、ゆっこのお母さん。

「あなたも私の娘みたいなものだから」と再会を喜んでくれた。

前回のキャラバンでは「石巻まちなか復興マルシェ」という、北上川沿いの商店街の一角をお借りして子どもたちとメキシコ料理を振舞った我々。

大女将は「実は震災以降、マルシェのあの場所にはずっと行っていなかった。

海にも川にも近いし・・・」こんな一言に、津波が与えた恐怖や被害の大きさを改めて感じる。

「でも、孫たちが頑張る姿を見たくて、行ってみて、本当に嬉しかった。お礼を言いたかった。」と言ってくれた。

こちらこそお礼を申し上げたい気持ちで胸がいっぱいになった。